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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4063号 判決 1999年3月11日

原告

佐分直樹

被告

丸伊商事株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金六〇六万五〇七五円及び内金五五一万五〇七五円に対する平成九年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金一二一九万九〇九八円及び内金一一一九万九〇九八円に対する平成九年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告河合利行運転の普通貨物自動車(被告丸伊商事株式会社保有)が歩行中の原告に衝突して負傷した事故につき、原告が被告河合利行に対しては民法七〇九条に基づき、被告丸伊商事株式会社に対しては、自賠法三条、民法七一五条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年七月七日午後二時四三分頃

場所 大阪市東成区大今里西二丁目三番七号先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両 普通貨物自動車(なにわ四〇る六〇八六)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告河合利行(以下「被告河合」という。)

右保有者 被告丸伊商事株式会社(以下「被告会社」という。)

被害者 原告

態様 本件事故現場を通る道路上の原告に北東から南西に走行してきた被告車両が衝突した。

2  被告会社の責任原因

(一) 被告会社は、本件事故当時、被告車両を保有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。

(二) 被告河合は被告会社の従業員であり、本件事故は被告会社の事業の執行中に発生したものである。

3  原告の傷害

原告は、本件事故により、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、頭部・左肩・右前腕・左側腹部・左大腿部等挫傷等の傷害を受け、同日、救急指定病院である朋愛病院に搬送されたが、翌日、関西医科大学附属病院で、開頭、血腫除去手術を行い、同年八月三一日まで入院し、退院してから平成九年八月一二日まで朋愛病院に通院を続け(通院実日数三四日)、平成九年八月一九日症状固定により、後遺障害等級一二級一二号の認定を受けた。

4  損害の填補

(一) 原告は、本件事故に関し、自賠責保険から、二二四万円の支払を受けた。

(二) 原告は、本件事故に関し、被告らから、看護料及び慰謝料として二五万円の支払を受けた。

二  争点

1  本件事故の態様

(原告の主張)

被告河合は、被告車両を運転し、北東から南西へ向けて進行していたが、西に向かって転進しようとするにあたり、前側方を注視する等安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠って漫然と制限速度(時速三〇キロメートル)を一〇キロメートル以上超えて運転進行した過失により、折から北から南に向けて歩行中の原告に被告車両を衝突させて転倒させ、同車両の下に原告を引きずったまま運転進行して傷害を負わせたものである。

なお、原告は、停車中の車両のない道路を横断したものである。

(被告らの主張)

本件事故現場は、交通が頻繁でかつ一般に車両もかなりの速度で走行しているような道路である。そのような事故現場であるにもかかわらず、原告は、対向車線上で信号待ちをしていた車両の間から飛び出して横断してきたものであり、少なくとも二割の過失相殺がなされるべきである。

2  原告の損害額(一部被告らが認めるものを含む)

(原告の主張)

(一) 治療費 四二〇万七六一三円

原告は、明示的には治療費の請求をしていないが、その合理的意思を探ると、被告ら主張の既払治療費を損害項目に加えても、本件では過失相殺は認められないと考える以上、結局治療費分の損害は填補済みとして零になるから、治療費については損害の発生及び損害の填補関係を省いて主張した趣旨のものであると解されるから、黙示的には、被告ら主張の既払治療費(四二〇万七六一三円)を損害として主張する趣旨と理解することができる。

(二) 入院雑費 七万五六〇〇円

一四〇〇円×五四日

(三) 入院付添費 三二万四〇〇〇円

六〇〇〇円×五四日

(四) 通院付添費 一一万九〇〇〇円

三五〇〇円×三四日

(五) 交通費 五万一五五〇円

(六) 逸失利益 六一六万八九四八円

原告は、本件事故により、重傷を負い、集中力欠如、EEG異常、易疲労等の後遺障害を残し、平成九年八月一九日、症状固定した(症状固定時七歳)。右後遺障害は、後遺障害等級一二級一二号に該当する。そればかりか、将来、外傷性てんかんを発症する可能性を持つ身となってしまった。そこで、平成八年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計男子労働者(一八歳から一九歳)の年収二四四万四六〇〇円を基礎にし、後遺障害等級一二級の喪失率一四パーセント、就労始期一八歳・終期六七歳とし(新ホフマン係数一八・〇二五)により、逸失利益を算出すると、六一六万八九四八円となる。

(計算式) 2,444,600×0.14×18.025=6,168,948

(七) 入通院慰謝料 二二〇万円

(八) 後遺障害慰謝料(てんかん発症の可能性への不安含む) 四五〇万円

(九) 弁護士費用 一〇〇万円

よって、原告は、被告らに対し、損害合計額一八六四万六七一一円のうち、一二一九万九〇九八円及び右内金一一一九万九〇九八円(一二一九万九〇九八円から弁護士費用一〇〇万円を除いたもの)に対する症状固定日の翌日である平成九年八月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告らの主張)

原告主張の損害のうち、入院雑費は七万〇二〇〇円の限度で、入院付添費は二七万円の限度で、通院付添費は八万五〇〇〇円の限度で、交通費は原告主張全額をそれぞれ認めるが、その余の損害の発生は否認する。

原告に逸失利益は認められない。原告は、中枢神経系の障害を残したものであるが、中枢神経系の障害一二級一二号は「労働には通常差し支えないが、医学的に証明しうる神経系統の機能又は精神の障害を残すもの」である。すなわち、労働には差し支えないが、脳波の異常所見があるような場合に一二級一二号とされるのであるから、労働能力喪失率を機械的に一四パーセントとするのは妥当ではない。原則的には労働能力の喪失はないものである。

本件事故後三年以上経過しているが、てんかんは発症していないものである。外傷性てんかんは年とともにその発症のリスクは少なくなるものであり、もし発症しても年とともに自然治癒していく傾向があるものである。したがって、原告が「てんかん可能性の終生の不安」を訴えることは医学的にみて妥当とはいえず、これを根拠とする慰謝料の主張は認められない。

3  損害の填補

(被告らの主張)

本件事故に関し、被告側から原告に対して、次のとおり支払われている。

(一) 治療費 四二〇万七六一三円

(二) 社会保険から求償(但し、二割相殺後の分) 一二万一三八〇円

(原告の主張)

不知。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(甲三、九、乙三、被告河合本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪市東成区大今里西二丁目三番七号先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場を通る道路(以下「本件道路」という。)は、片側一車線の道路であり、各車線の幅員は約三・九メートルであり、各車線の脇には歩道が設置されていた。本件道路の交通量は、比較的頻繁であるが、本件事故現場付近は、マンション、アパートや二階建居宅等の並ぶ市街地を形成しており、事故現場南東方向には公園も設置され、お年寄りや子供がよく利用していた。本件道路の制限速度は時速三〇キロメートルに規制されていた。本件事故現場から約三〇メートル北東方向には、信号機による交通整理の行われている交差点がある。

被告河合は、平成七年七月七日午後二時四三分頃、被告車両を運転して本件道路の西行車線を北東から南西に向かって時速三〇ないし四〇キロメートル程度で走行していた。本件道路の対向車線は、信号待ちで並んでいた車両が対面信号が青信号に変わってから順次前の方から進行していた。被告河合は、別紙図面<2>地点を走行している時、停止中の同図面<甲>地点の車両と同図面<乙>地点の車両との間を横断歩行していた原告(同図面<ア>地点)に気付き、急ブレーキをかけて衝突を避けようとしたが間に合わず、同図面<3>地点において同図面<イ>地点の原告に衝突し、原告を同図面<ウ>地点に転倒させ、同図面<4>地点に停車した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定にかかる本件事故現場の状況によれば、本件事故現場付近では子供等が停止車両の間を通って横断することが予想されるから、被告河合は、本件道路を走行するにあたり、進路前側方を注視すべき義務があったというべきであり、それにもかかわらず、右注意義務を怠ったまま漫然と進行した過失のために本件事故が起きたものであると認められる。しかしながら、他面において、原告の方としても、その年齢(事故当時五歳)を考慮に入れても、原告のような未だ身長の高くない子供が停車車両の間を通って比較的交通量の多い本件道路を横断する行為がかなりの危険を伴うということは容易に認識しうるから、本件道路を横断しようとする以上は進行してくる車両の有無・動静につき相当の注意を払うべきであるところ、前記事故態様によれば原告にもこの点について注意を欠くところがあったといわざるを得ない。したがって、本件に関する一切の事情を斟酌し、二割の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点2について(原告の損害額)

1  前提事実

(一) 治療経過等

前記争いのない事実、証拠(甲四、五、八)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件事故により、頭部外傷(頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫)、頭部・左肩・右前腕・左側腹部・左大腿部等挫傷等の傷害を受け、同日、救急指定病院である朋愛病院に搬送されたが、翌日、関西医科大学附属病院で、開頭、血腫除去手術を行い、同年八月三一日まで入院し、退院してから平成九年八月一二日まで朋愛病院に通院を続けた(通院実日数三四日)。

朋愛病院の松村医師は、平成九年八月一九日に原告の症状が固定した旨の後遺障害診断書を作成した。右診断書には、傷病名として、頭部・左肩・右前腕・左側腹部・左大腿部打撲挫傷、脳挫傷、急性硬膜外血腫、頭蓋骨骨折が掲げられ、自覚症状としては、頭痛、易疲労感があるとされ、他覚症状・検査結果等として、集中力欠如、EEG異常があるとされ、平成七年七月八日実施の頭部CT、X―Pにて右傷病名を認めたこと、関西医科大学附属病院に転院中のMRIにて左前頭葉に脳挫傷を認めたことが指摘され、将来、外傷性のてんかんをきたす可能性があるとの意見が述べられている。

自算会調査事務所は、原告の後遺障害につき、後遺障害等級表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当すると判断した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 後遺障害、症状固定時期

右認定事実によると、原告は、平成九年八月一九日、中枢神経に障害を残して症状固定したものであり、その後遺障害は自賠責保険に用いられる後遺障害等級一二級一二号に該当するものと認められる。

2  損害額(過失相殺前)

(一) 治療費 四二〇万七六一三円

証拠(乙二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故のため、治療費として四二〇万七六一三円を要したと認められる。

(二) 入院雑費 七万二八〇〇円

原告は、平成七年七月七日から同年八月三一日までの五六日間入院し(甲四、五)、一日あたり一三〇〇円として、合計七万二八〇〇円の入院雑費を要したと認められる。

(三) 入院付添費 二八万円

原告(本件事故当時五歳)が頭部外傷(頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫)等の傷害を受けたこと(前認定事実)にかんがみると、その入院期間である五六日間にわたり、近親者による付添看護を要したのであって、一日あたり五〇〇〇円として合計二八万円の付添看護費を要したと認められる。

(四) 通院付添費 八万五〇〇〇円

原告の年齢にかんがみると、原告が朋愛病院に通院した実日数三四日分につき、近親者による付添を要したのであって、一日あたり二五〇〇円として合計八万五〇〇〇円の付添看護費を要したと認められる。

(五) 交通費 五万一五〇〇円

五万一五〇〇円の限度で交通費を要したことは当事者間に争いがない。右金額を超える交通費を要したことを認めるに足りる証拠はない(なお、通院付添費の算定の際には、原告の近親者及び原告の通院費をもある程度考慮に入れて算定している。)。

(六) 逸失利益 六一六万八九四八円

前認定のとおり、原告の後遺障害は、自賠責保険に用いられる後遺障害別等級表一二級一二号に該当し、原告は、右後遺障害によりその労働能力の一四パーセントを一八歳から六七歳までの四九年間にわたり喪失したものと認められる。被告らは、原告には、原則として労働能力の喪失はないと考えるべきであり、少なくとも労働能力喪失が一四パーセントに達するということはないという趣旨の主張をするが、前認定の検査結果や自覚症状等に照らし、右主張を採用することはできない(また、原告の障害部位・障害の内容にかんがみると、本件において労働能力喪失期間を短期に限定するのは相当ではない。)。

原告の逸失利益算定上の基礎収入は、原告の主張のとおり、平成八年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計男子労働者(一八歳から一九歳)の年収二四四万四六〇〇円を用いるのが相当であり、労働能力喪失率を一四パーセントとして、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して(本件事故当時原告は五歳であり、新ホフマン係数は一八・〇二五である。)、逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 2,444,600×0.14×18.025=6,168,948

(一円未満切捨て)

(七) 入通院慰謝料 一六〇万円

本件事故によって原告の被った傷害の程度、治療状況、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、右慰謝料は一六〇万円が相当である。

(八) 後遺障害慰謝料(てんかん発症の可能性への不安含む) 二八〇万円

原告の後遺障害の内容、程度の外、朋愛病院の松村医師が将来外傷性のてんかんをきたす可能性がある旨の意見を述べていること、とはいえ本件事故から本件口頭弁論終結期日までてんかんの発作は起きていないこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、右慰謝料は、二八〇万円が相当である。

3  損害額(過失相殺後) 一二二一万二六八八円

以上掲げた原告の損害額の合計(弁護士費用加算前)は、一五二六万五八六一円であるところ、前記の次第でその二割を控除すると、一二二一万二六八八円(一円未満切捨て)となる。

4  損害額(損害の填補分を控除後) 五五一万五〇七五円

原告は、本件事故に関し、自賠責保険から二二四万円、被告側から看護料及び慰謝料名目で二五万円、治療費名目で四二〇万七六一三円の支払を受けているから、これらを前記過失相殺後の金額一二二一万二六八八円から控除すると、残額は五五一万五〇七五円となる。

なお、被告らは、社会保険から求償を受けて支払った一二万一三八〇円(但し、二割相殺後の分)についても損害額から控除するよう主張するが、右求償分は、原告の損害を填補するものではない。

5  弁護士費用 五五万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は五五万円をもって相当と認める。なお、原告は、弁護士費用については遅延損害金を求めていない。

6  まとめ

よって、原告の損害賠償請求権の元本金額は六〇六万五〇七五円となる。

三  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告らに対して連帯して六〇六万五〇七五円及び内金五五一万五〇七五円に対する本件事故後の日である平成九年八月二〇日から払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面〔略〕

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